会計士の気まぐれ日記

ビジネスに関する有益な情報をお届けします。たまに思ったことを徒然なるままに書きます。

監査とは実際何なのか??

先月、日産のカルロスゴーン氏の不正の件が話題となりましたが、その際にこんな声が様々なところであがっていました。

 

「監査法人は何をやってるの??」

「監査法人は無能集団だ!!」

「こんな不正も見つけられないのなら、監査なんて意味ないのでは??」

 

もともと監査法人で勤めていた人間として、監査について全く理解していない人が監査法人はじめ公認会計士たちを一方的に批判しているケースがあまりにも多すぎて、腹立たしさとやるせなさを感じずにはいられませんでした。

なので今日は少し、「財務諸表監査とは何を目的に何をやっているのか??」ということについて簡単にまとめたいと思います。

監査のことを全く知らない方が、監査に対する理解を少しでも深めていただけると嬉しいです。

 

(※ちなみに、「監査」といっても学校法人監査や投資法人の監査、地方公共団体の監査等様々な種類があるのですが、ここでは株式会社の財務諸表に対する会計監査(金融商品取引法や会社法に基づく監査)を前提としています。)

 

 

財務諸表監査の目的って?

まずそもそも監査は何を目的として行われているのでしょうか?財務諸表監査における憲法のような存在である「監査基準」では、冒頭で監査の目的を以下のように定義づけています。

 

財務諸表監査の目的は、経営者の作成した財務諸表が、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠して、企業の財政状態、経営成績およびキャッシュ・フローの状況をすべての重要な点において適正に表示しているかどうかについて、監査人が自ら入手した監査証拠に基づいて判断した結果を意見として表明することにある。

 

簡単に言ったら、「財務諸表が重要な点についてちゃんと表示されているかどうかについて意見を表明することを目的としている」ということです。

この文章から監査の目的を理解する上でのポイントは、

 

①監査対象が財務諸表であること

②重要でない点まで言及するわけではないこと

③適正性について判断した結果を、意見として表明すること

 

です。

今回の日産の件でも改めて明らかになったのが、この①と②が意外と理解されていない方が多いということでした。

まず、そもそも監査法人は有価証券報告書の全てが適正であることを保証しているのではなく、その中の「第5 経理の状況」にある財務諸表の適正性を保証しています。もちろん有報全体のチェックは実施しますが、経理の状況以外の箇所については、基本的には責任が及ばないこととなっているのです。

また、監査は「投資家及び債権者の保護」のために存在する業務なので、重要性の低いところまでガチガチにチェックしにいくわけではありません。例えば、純利益が100,000百万円ある会社で、「この会社は営業外費用の金額が10万円間違えています」と指摘したところで、投資家や債権者の投資・融資判断が変わることはあまり考えられません。そのため、監査においては、投資家や債権者の判断に影響するほどに重要性のある財務諸表上の不正・誤謬(ごびゅう)がないかどうかをチェックしにいきます。(もちろんここでいう重要性は金額的な重要性だけでなく、質的重要性についても勘案されますが、ここでは詳細は割愛します)

 

 

具体的に何をしているのか?

じゃあ、そんな監査の目的を達成するために監査法人は何をやっているのでしょうか?

ここでは、監査の全体像を超簡単に説明します。

 

まず、監査は全体として「リスク・アプローチ」という考え方に沿って実施されます。

 

リスクアプローチ

重要な虚偽表示が生じる可能性が高い事項について重点的に監査の人員や時間をあてることにより、監査を効果的かつ効率的なものとすることができる監査の実施方法

 

要は、不正や間違いが発生しやすいポイントに人と時間を割き、それ以外の重要性の低いところは簡潔な手続に留めるということです。

有価証券報告書には提出期限が設けられており、監査もそれまでに終える必要があることから、監査は限られた時間の中でちゃんと終えられるよう効率的に実施しなければなりません。

しかしかといって効率性だけを追求して不正や誤謬を看過してしまうと監査の意味がなくなってしまうので、色々な手続きに取り掛かる前に、まず重要性のあるところと重要性のないところをしっかりと区分けするところから始めるのです。これをリスク評価手続と言います。

 

リスク評価手続においては、勘定科目ごとの重要性の程度や性質、不正の起こりやすさ等を判断したり、財務諸表全体を分析すること等を通じて、どのような手続を実施することで不正や誤謬を看過するリスクを合理的な水準まで引き下げることができるかを決定します。

例えば、公認会計士は以下のように考えて、監査の実施アプローチを決定します(3月決算の会社であれば、だいたい第1四半期のレビューが終わる7月〜8月頃ですかね)。

  

「売上高・売掛金は不正が行われる可能性が高いし、そもそも科目としての重要性が高いことから外部証憑との突合や残高確認を実施する等比較的時間をきちんと割いて見たほうがいいよね。」

「この会社は最近業績が悪くて、減損損失を計上しなければならない可能性が高い。だから、減損損失については時間をかけてきちんと手続を実施しよう。」

「人件費は誤りが生じる可能性は低いし、全件が正しく計上されているかなんてチェックできるはずがない。だから、人件費が計上されるまでのプロセスがきちんと構築されていて、かつそれがちゃんと運用されていたら大丈夫だよね。」

「前払費用は金額も小さくて内容的にも明らかに重要性がないから、変動分析だけ実施すれば十分だ。」

 

このように、どのように監査を実施すれば監査が効果的かつ効率的に実施できるかを総合的に考えた上で各勘定科目に対する手続を決定し、それに沿って監査が実施されていくのです。

 

 

監査の限界

ここが一番理解していただきたいところと言ってもいいかもしれません。財務諸表監査にはどうしても限界があります。つまり、不正や誤りが存在している可能性をゼロにすることは不可能なのです。理由は以下のように大きく2つあると思っています。

 

①監査は試査を中心に実施されるため

例えば、売上高に誤りが存在するリスクをゼロにしようと思ったら、すべての売上取引をひとつひとつ証憑と突き合わせて確認をしていくことが必要になります。

しかし、金融商品取引法監査を受けるような上場企業等は、日々何万件、何百万件といった取引を行っています。そういった取引すべてについてチェックをすることは、人員や時間が限られている監査においては現実的に不可能です。

そのため監査では、母集団から一定件数のサンプルを抽出し、そのサンプルが合っていたら母集団も合っているだろう、という推定に基づいて実施されます。これを試査といい、監査では原則的に試査を中心として実施されていきます。ちなみに、全件チェックしにいくことを精査といいます。

 

売上取引が10万件あったとしたら、そのうち20件の売上取引を抽出し、証憑と突き合わせたりして売上計上が適切に行われているかを検証します。そしてそれが全件OKだったら、他の取引についても90%以上の確率で大丈夫だろうという推定を行うのです(あくまで例示であり、数値は全て適当です)。

もちろん、これはただ適当に取引を抽出するわけでなく、統計学的な根拠に沿って適切にサンプル抽出を行います。

 

ただそうは言っても、全ての取引を見るわけではないため、やはりサンプルとして抽出されなかった取引で不正が行われていた場合は、監査人が不正を発見することは難しくなります。このように、監査が試査に基づいて実施されるという性質を持っている以上、不正や誤謬を見逃してしまう可能性はゼロではないのです。

 

余談ですが、最近は各監査法人がこぞってAIの研究に力を入れており、証憑との突き合わせを全件自動で機会が行う未来を目指しているようです。つまり、試査から精査に移行していこうとしているということ。そのため、数年後にはもう試査であることによる不正・誤謬を看過するリスクはなくなっているかもしれません。

 

②監査手続には法的権限がないため

これも大きな要因のひとつです。

例えば、国税庁による税務調査を実施するときは、国税庁は別に調査先の会社からお金を貰うわけでもありませんし、基本的に調査権限は非常に強いです。強制捜査を実施することもできます。そのため、国際取引でもない限り、調査手続が限定されるということはあまりありません。

一方で、監査の下で行われる手続には法的権限がありません。なので、極論すると「この書類を開示してください」とか「この数値はこのように修正してください」と要求して「ノー」と返ってきたとしても、その書類を強制的に入手したりすることができないのです。しかも相手は報酬を払ってくれているクライアント。理論的にはここでそのような利害関係は一切考慮せず、毅然とした態度で立ち向かわなければならないのですが、やはり現実的には法的権限もないのに監査法人の要求を監査先企業に全て呑ませるのは難しい側面があります。その結果、監査報告書上で意見不表明とせざるを得ないといったことも発生しうるのです。

 

 

じゃあ監査は意味ないの?

このように監査には限界があることを論じると、必ず「じゃあ監査なんて意味ないんじゃないの??」ということが言われます。

しかしここで理解していただきたいのが、「世間の知らないところで非常に多くの不正や誤りが公認会計士により発見され、正しく修正されている」ということです。世間で明るみになるのはいつも何か不正等が発覚したときであり、監査法人によって不正が発見、是正されたとしてもそれが世に出ることはほとんどありません。

断言できますが、仮に監査という制度自体がなかったら、不正や誤謬の数は倍増します。経営がうまくいっているときは経営者も粉飾などに手を染めようと考えることは基本的にはありませんが、経営環境が悪化したときはどうしても業績をごまかすことが脳裏をよぎってしまうものです。そんなときに第三者の目がなかったらどうなるでしょう?「バレないから大丈夫だろう」程度に考えて、簡単に不正に手を染めてしまいかねません。

しかし、監査法人という第三者の目があると、「ごまかしてもバレる可能性が高いし、バレたら大変んことになるからやめておこう」と考えやすくなります。

そういう意味でも、監査という制度があることによって、不正や誤謬を発見できるようになるだけでなく、不正を未然に防止するという牽制機能も働くようになっているのです。

 

もちろん、監査人の能力不足や注意不足、リスク評価の誤り等によって重大な不正や誤謬が看過されてしまった場合は、監査法人はきちんと責任を負うべきです。

ただ、不正が発覚した時にいたずらに「やはり監査法人はだめだ」とか「無能だ」と言ってしまうのは本当によくないと思っています。

先日の日産の件でも、監査のことをきちんと理解しないままに影響力のある人やメディアが一方的に監査法人を非難する光景が見られましたが、こういう発言で優秀な人材が公認会計士を目指すことを辞めたりしてしまうと、監査制度自体が存続の危機に瀕してしまうので。。

 

この記事を読んで、少しでも監査に対する理解を深めていただけたなら非常に嬉しく思います。

 

 

本日も最後までお読みいただきありがとうございました。